
- 小学校の授業参観では、子どもの授業だけでなく、保護者のちょっとした仕事も
- 教員目線で授業を見てしまう一方、親としてしか気づけない子どもの姿もある
- 育休中だからこそ参加できる学校行事を、できるだけ大切にしたい
今日も家族と、できる一歩を。
2学期の授業参観にアサガオを持っていく
2学期の授業参観と懇談会がありました。
この日までに、夏休みに持って帰っていたアサガオの鉢を、保護者が学校へ持っていくことになっています。
小学校のアサガオといえば、1学期の最終日に、たくさんの荷物と一緒に子どもが苦労しながら持って帰るイメージがあります。
しかし、最近は家に持って帰るのも、学校へ持っていくのも親の役目。
令和の保護者は大変です。
しかも、アサガオは夏休みの間に大きく成長しています。
子どもが学校から持って帰ってきたときには、それほど大きく感じなかった鉢も、夏休みが終わるころにはツルが伸び、葉が茂り、なかなかの存在感になっていました。
我が家のアサガオも、ツルが伸び放題。
顔や腕に触れるとチクチクするため、そのまま持って歩くのは少し大変そうです。
この日は全国的に雨の予報でした。
我が家の近くでも午後から雨が降る予報だったので、アサガオをどうやって運ぶか、少し心配していました。
雨が強ければ、傘をさしながら大きな鉢を運ばなければなりません。
そんなことを考えながら迎えた出発時刻は、13時半。
幸いなことに、家を出るときにはまだ雨は降っていませんでした。
そこで、ツルが顔や腕に触らないようにアサガオの鉢に上から大きなビニール袋をかぶせ、私は鉢を手で持って歩いて学校へ向かうことにしました。
妻は抱っこひもで末っ子くんを抱っこ。
私は両手でアサガオを抱えます。
二人とも大荷物です。
子ども3人のうち、今回はお姉ちゃんの授業参観。真ん中くんは保育園、末っ子くんは妻と一緒に学校へ向かいます。
まだ小さな末っ子くんを抱っこしながら、アサガオの鉢を運ぶ妻と私。
授業参観に向かっているだけなのですが、ちょっとした遠足のような状態です。
いろいろなアサガオ、いろいろな運び方
学校へ向かう途中、同じようにアサガオを運んでいる保護者を何人か見かけました。
同じ日に、同じ目的でアサガオを運んでいるのですが、その姿はさまざまです。
夏真っ盛りと言わんばかりに、青々とした葉がたくさん茂っているアサガオ。
一方で、かなりの葉が落ちていて、もうすぐ枯れてしまいそうなアサガオ。
鉢の状態にも、それぞれの夏休みが表れているようでした。
もちろん、運び方もいろいろです。
私たちのように、鉢を手で持って歩いている人もいれば、自転車のチャイルドシートにアサガオを乗せて運んでいる人もいました。
アサガオを見れば、夏休みの間にどのように育てていたのか、なんとなく想像できます。
毎朝水やりをしていた家庭もあれば、忙しくて水やりを忘れてしまった日があった家庭もあるでしょう。
旅行や帰省で家を空けた家庭もあったかもしれません。
植物を育てるという経験は、子どもにとって大切な学びですが、実際には保護者の協力も欠かせません。
水やりをする場所を用意したり、鉢が倒れないように置き場所を考えたり、旅行中の水やりをどうするか考えたり。
そして最後には、成長したアサガオを学校まで運ぶ仕事も待っています。
子どもが育てたアサガオですが、保護者も一緒に育てているようなものですね。
雨の中でアサガオを学校に置く
学校に近づくころから、少しずつ雨が降り始めました。
家を出るときには降っていなかったので、「なんとか天気がもってくれた」と思っていたのですが、学校に着くころには、アサガオを指定の場所に置く作業を雨の中ですることになりました。
私はアサガオの鉢を持ち、妻は末っ子くんを抱っこしています。
両手がふさがっているため、傘をさすこともできません。
アサガオを置く場所まで運び、鉢を所定の場所に置きます。
その間に、私も少し濡れてしまいました。
ただ、家から学校までの道中は、なんとか雨に降られずに済みました。
天気予報は雨だったことを考えると、十分によしとしましょう。
アサガオを運ぶだけでも、天気や荷物、子どもの抱っこなど、いろいろなことを考えなければなりません。
授業参観は子どもの学びを見る行事ですが、その前後には、保護者の仕事もいろいろとあるものです。
教員目線で見てしまう道徳の授業
今回、参観した授業は道徳でした。
授業の内容は、他者を見た目や噂だけで判断しないことについて考えるようなものでした。
子どもたちが例示された場面について考え、自分の意見を発表しながら学んでいきます。
道徳は、以前から学校で扱われてきた領域ですが、現在は教科となり、評価も必要になっています。
小学校の道徳の評価は、一般的な教科のテストの点数のようなものではなく、学習の様子や考えの深まりなどを記述式で見取っていく形です。
授業を行うだけでなく、一人ひとりの子どもの学びを見取り、それを文章にまとめる必要があります。
小学校の先生も大変です。
私自身も教員なので、授業参観に行くと、ついつい保護者というよりも教師の目線で授業を見てしまいます。
今回の授業でも、いくつか気になる場面がありました。
一つは、答えた子が、次に答える子を指名していたことです。
子どもが次に答える子を選んでいる間に、先生は黒板に板書をしているようでした。
先生が一人で授業を進めるのではなく、子どもたちが授業の進行に関わっている姿が印象に残りました。
もう一つ気になったのは、手をグーにして挙げている子どもがいたことです。
手を挙げるときは、普通なら手のひらを広げることが多いと思います。
しかし、その子は手をグーにして挙げています。
しかも、先生に当てられても、グーにしていたことを理由に、答えを発表しないようでした。
「これはどういう意味なのだろう」と思い、あとでお姉ちゃんに聞いてみました。
すると、お姉ちゃんは次のように教えてくれました。
「考えはあるけど、みんなには発表したくないときにグーにする」
自信がなかったり、恥ずかしかったりして、考えはあるけれどみんなの前では発表したくない。
そんなときに、グーにして手を挙げるのだそうです。
なるほど。
教師の目線で見ていると、「手を挙げているけれど、なぜ発表しないのだろう」と思ってしまいます。
しかし、子どもたちの間には、子どもたちなりのルールや合図があるのですね。
授業の中で発言することだけが、学びのすべてではありません。
自分なりに考えているけれど、まだみんなの前で話す準備ができていない。
そんな状態の子どももいます。
今回の授業参観では、先生の授業の進め方だけでなく、子どもたちがどのように授業に参加しているのかを見ることができました。
そして、家に帰ってからお姉ちゃんに話を聞くことで、授業中には分からなかった子どもたちのルールも知ることができました。
教員としての視点と、親としての視点。
両方を持って授業を見ることができるのは、私にとって少し不思議で、面白い経験です。
授業参観の帰り道、まさかのほぼ無言
授業が終わると、妻は懇談会に参加するため、学校に残ることになりました。
私は妻から末っ子くんを受け取り、お姉ちゃんと一緒に帰ることにします。
学校を出たところで、お姉ちゃんが仲のよい友達に声をかけました。
「一緒に帰ろう」
その子は、家でもよく話題に出てくる子です。
名前は以前から知っていましたし、家も近いようです。
お姉ちゃんが学童に行かない日には、よく一緒に帰っている子で、普段は二人で家の中まで聞こえるような大きな声で笑いながら帰ってきます。
そのため、私は勝手に「今日も二人で楽しく話しながら帰るのだろう」と思っていました。
しかし、問題は私です。
私はその子とは、ほぼ初対面。
お姉ちゃんの友達からすれば、よく知らない大人、しかも男親と一緒に帰ることになります。
さらに、その日は雨。
私たちは傘をさして歩いているので、自然と少し離れて歩くことになります。
結果、帰り道を歩く3人。
私、お姉ちゃん、お姉ちゃんの友達。
しかし、ほぼ無言です。
そりゃあ、会話も弾みません。
私も何か話したほうがよいのだろうと思い、当たり障りのないことを聞いてみます。
「学校どうだった?」
「雨、降ってきたね」
「家はこっちで合ってる?」
しかし、どれもすぐに会話が終わってしまいます。
初対面の子どもと、どのくらい話せばよいのか。
どんな話題なら自然なのか。
保護者としても、なかなか難しいところです。
しかも、こんなときに限って、抱っこひもの中の末っ子くんがごそごそと動き始めました。
どうやら抱っこひもの中から脱出しようとしているようです。
傘で片手がふさがっている中、末っ子くんの様子も気になります。
会話どころではありません。
「お姉ちゃん、何か話してくれないかな」と思うのですが、誘った本人もあまり話しません。
普段、家に帰ってくるときのあの大きな声は、一体何なのでしょうか。
家ではあんなに楽しそうに話しているのに、私が一緒にいるだけで、こんなにも静かになるとは。
友達の前での顔と、家での顔。
子どもには、親が知らない世界が少しずつ増えているのだなと感じました。
結局、帰り道ではそれほど会話がないまま、家に到着しました。
お姉ちゃんにとってはいつもの友達でも、私にとってはまだ少し緊張する相手。
そして、その友達にとっても、私は「友達のお父さん」という、少し距離のある存在です。
今回はうまく会話を広げられませんでしたが、これから少しずつ顔を合わせる機会が増えれば、自然に話せるようになるのかもしれません。
育休中だからこそ参加できる学校行事
小学校で授業参観が行われるのは、今回で3回目です。
予定表には書かれていませんが、おそらく3学期にも授業参観があるのだと思います。
また、2学期には平日に運動会も予定されています。
学校行事は、土日に行われるとは限りません。
授業参観や懇談会、平日の運動会など、仕事の都合によっては参加するのが難しい行事もあります。
私もこれまで教員として働いてきたので、学校行事に参加したくても、仕事の都合で参加できない保護者がいることは知っています。
子どもの成長を見たいと思っていても、勤務時間や職場の事情によって、すべての行事に参加するのは簡単ではありません。
だからこそ、現在の育休期間中に、こうした学校行事へ参加できることをありがたく感じています。
おそらく、これらの行事にすべて参加できるのは、今年度だけです。
来年度以降、仕事に復帰すれば、平日の学校行事に毎回参加することは難しくなるでしょう。
今回のように、アサガオを運んだり、雨の中で学校へ向かったり、授業を見たり、帰り道にほとんど会話ができなかったり。
一つひとつは、特別に大きな出来事ではないかもしれません。
しかし、子どもが小学生になった今の時期にしか経験できないことでもあります。
授業参観で見たお姉ちゃんの姿。
家では聞けなかった学校でのルール。
友達と一緒に帰るときの、少しよそ行きの表情。
そうした姿を見られることは、親として貴重な時間です。
育休というと、赤ちゃんのお世話や家事、仕事から離れて過ごす時間に目が向きがちです。
もちろん、それらも育休の大切な役割です。
ただ、我が家の場合は、末っ子くんのお世話だけでなく、お姉ちゃんや真ん中くんの成長を見守る時間も増えました。
子ども3人それぞれに、今しかない成長の瞬間があります。
そのすべてに立ち会うことはできなくても、参加できる行事にはできるだけ参加したいと思っています。
今回の授業参観も、アサガオを運ぶところから始まり、道徳の授業を見て、雨の中を帰ってくるところまで、我が家にとっては一つの思い出になりました。
次の学校行事では、もう少し友達との会話をうまく続けられるでしょうか。
それとも、また末っ子くんのお世話で精いっぱいになるでしょうか。
どちらにしても、育休中に参加できる貴重な一年を、できるだけ大切に過ごしていきたいと思います。
今日もなんとかやってます。ではまた。


