・男性育休は「反対されない」時代になりつつあるが、本音は見えにくい
・会議の場では表に出ない思いが、別の形で現れることがある
・前例のない一歩は、不安もあるが「道をつくる意味」を持つ
今日も家族と、できる一歩を。
いよいよ校長から、私が男性育休を取ることが教職員全体に知らされる日が来ました。
これまでは個人個人に伝える形だったので、ある程度相手の反応も想像できました。
しかし今回は、一度に数十人へ伝わります。
私とあまり接点のない先生や、休職者が出ることを好まない先生がどのように感じるのか。
正直なところ、不安がなかったと言えば嘘になります。
これまで女性の産休・育休で意見や質問が出た例はありません。
ただ、男性も同じとは限りません。
この学校では、これまで男性教員が育児休業を取った前例がありません。
しかも、自分が出産するわけではない男性が、1年近く休業するという状況です。
表向きには理解があっても、内心では穏やかではない人もいるのではないか。
そんなことも考えていました。
会議での報告は、あまりにもあっさり
会議が始まり、配布されたレジュメの最初に、私の育児休業についての記載がありました。
校長は他の報告とあわせて、
「ご覧ください」
とだけ言って座りました。
拍子抜けするほどあっさりです。
その後、意見も質問も出ることなく、会議はそのまま進行。
何事もなかったかのように、次の議題へと移っていきました。
会議前にレジュメを見ていた先生も多かったのか、特にこちらを見る人もいません。
「これで終わり?」
と思うほどの静けさでした。
昨今の報道や社会の流れもあり、男性の育児休業は、少なくとも表立って議論するようなものではなくなってきているのかもしれません。
会議終盤に起きた“あの発言”
その日の会議は議題も多く、少し長めでした。
終盤に差し掛かるころには、私自身も自分の育休のことをすっかり忘れていました。
すべての議案が終わり、議長が全体への質疑を確認したとき、一人の先生が手を挙げました。
あの先生です。
「校長からの報告にもあったとおり、来年度男性で育児休業に入られる方がいます。」
この時点で、少し空気が変わります。
何を言い出すのか。
私だけでなく、周囲の先生たちも様子をうかがっているようでした。
「時代の流れで、これは仕方のないことだと思います。これからもこういう人は出てくるのではないかと思います。」
一瞬、批判が来るのかと思いましたが、少し違う方向です。
その後、その先生は自身の経験を語り始めました。
「私が産休・育休を取るときは、担任が足りなくなりそうで…」
「職場のことを考えて、タイミングを見て『今しかない』と思って取りました。」
「その年は他にも休職者がいて、本当にギリギリでした。」
話は続きます。
正直なところ、何が言いたいのかよく分からないまま、聞いていました。
そして最後に出てきたのは、
「担任を持てる常勤講師を採用してほしい」
という要望。
なるほど、そういう話だったのかと思う一方で、
「この流れで育休の話を言う必要があったのか?」
という違和感も残りました。
校長の返答は「検討します」の一言でした。
会議後の声と、見えてきたもの
会議後、一人の先生が声をかけてくれました。
「育休、頑張ってくださいね。応援してます。」
その一言は、素直にうれしかったです。
さらにその先生は、
「さっきの発言、ちょっと嫌でしたよね。わざわざ男性育休の話を出す必要あったんですかね」
と話してくれました。
その先生には、あの発言がかなり意図的なものに見えたようです。
私自身はその場では「結局何が言いたかったんだろう」という印象でしたが、時間が経って考えてみると、いくつかの思いが混ざっていたのではないかと感じています。
- 自分のときは周囲に配慮してタイミングを考えたという経験
- 男性育休という前例のなさへの戸惑い
- 同じ教科としての負担増への不安
- 人手不足の現場への危機感
それらをストレートに言えば問題になる可能性もある。
だからこそ、あのような形で表現されたのかもしれません。
「砕氷船」としての一歩
私の育児休業について、人それぞれ思うところはあると思います。
それは当然のことです。
ただ、それ以上に大きいのは「前例がない」ということ。
最初は、
- 生まれてくる子どもとしっかり向き合いたい
- 小学校、保育園、自宅保育の3人の子どもを妻一人の育休では世話できない
という、あくまで自分のための理由でした。
しかし、男性育休について調べる中で「砕氷船」という言葉を知りました。
誰も通っていない道を進み、後ろに道をつくる存在。
制度があっても、実際に使う人がいなければ意味がありません。
実際に取得し、復帰する人がいることで、次の人が動きやすくなります。
もし自分の行動が、後に続く人のハードルを少しでも下げることにつながるなら。
それはとても意味のあることだと思います。
「自分のため」に始めたことが、
結果として「誰かのため」になる。
そんな形になれば、これ以上うれしいことはありません。
今日もなんとかやってます。ではまた。
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